ジュエボたちあげ奮闘時代
最初に、「サイトを立ち上げたい!」と思ったのは、和央ようかさん(宝塚宙組主演男役愛称たかちゃん)にどっぷり浸った2004年の春。語りたいことは、沢山、沢山あるけど(笑)、人様のサイトで自分ばかり延々語っているのもなんだし、せっかく書き込んでも特にレスがないと、「うーん、何かまずいこと書いたかな?やはり独りよがりだったかしら?」と結構悶々することに(今、考えてみると、ネット初心者だったので小心者だったのですね。苦笑)。
そして、Boxmanをみて、ケビンがあまりにも想像力をかき立てるキャラで、「Boxmanサイドストーリーを書きたい〜!」
そうだ!自分でサイトを立ち上げちゃえ!なんという安直さ(爆)。
本当に何も知りませんでした。ネットのことも、サイトの作り方も、プログラムのことも、ソースのことも(大笑)。趣味で、中高時代は同人誌も作っていたし、大学時代会社員時代も商業誌の編集業務にも関わっていたので、ホン作りは馴れていたのですが、サイトは本当に困った。
出来上がりのイメージが、しっかりあるのに、行をそろえる、イラストを僅かにずらす、回りをぼやかすというのがこんなに大変なことだったとは(目で見える画像の裏が、あんなに複雑なソースがひしめきあっていたとは本当に驚き)!
それでは、既存のHPビルダーでできる範囲でやればいいじゃないか、と普通なら思う(笑)。
そのあたりがどうしてもね〜。
「凝り性」で、なにをやるにしても、「そこそこの」レベルまでは行きたい!と(結局、実力はないのに、我が儘なんですね。「一流にはなれないけど、二流のトップには誰でもなれる(byスコット“THE LAST PARTY”)」とまではいかないけど、せめて「二流の真ん中くらい」のレベルのものは作りたいな〜、と)。
わー君の協力がなければ、とても出来なかったです(本当に、どんな我が儘な要請も「勉強してみます」と調べてくれたわー君には感謝しても感謝しきれないです)。
実力はないけど、人との巡り会い、出会いの運に恵まれているのですね(イラストの南さんにしても、二人とも宝塚は見たこともないのに。引きずりこみました。笑))。
わー君は、もともと資格試験を目指していたのですが、PCが好きで趣味で勉強をしていたので、二人で「格好いいサイト作りたいね」と部活のように楽しみながら試行錯誤。その間、宝塚だけでなく、料理、外国出張、さらには大空祐飛さん堕ち、オリジナル小説と、思いついた先からコンテンツが増えて、増築、増築の家みたいな状態に。
このジュエボサイト拡張に付き合うちに、わー君は「ますます深み」に嵌り、資格試験勉強は中断し、専門学校に入り、サイト作りを仕事にする道へと進むことに(うーん、人生の岐路を変えさせてしまったな。笑)。




